※2020年9月に執筆されました。

 仕事がえりにふらっと回転すしに入った。川崎で認可園新設のために住民説明会を行った。合同面談3回候補地住民との個別面談10回目でやっと合意らしき決着がついた。そのせいか無性にお腹がすいてきた。女性お一人様文化満開だが新型コロナ蔓延の時期にあってさぞかしお客も少ないと思ったら、席はほとんど埋まっていた。席に着くといきなりプラスティックの仕切板が現れた。ソーシャルディスタンスを保つためには仕方ないのだろうが、隣でおじさん二人が大声で話している。効果0を感ぜずにはいられないが文句を言うわけにもいかないので、さて、今宵は何を食べようかとカウンターを見回した。ところが今までの回転すしとはちょっと雰囲気が違う。一体何が違うのかとあたりを見回して見ると、人の顔が見えない。声が聞こえない。響くのは板前さんの“らっしゃい!”“ ”毎度!“ ”大トロご注文いただきました!“ くらいである。回転すし屋が静かだと回ってくるお寿司も心なしか寂しそうである。などと思っていたらウエイトレスが来て「お客様、今日は新型コロナの入荷が、アっ、いえ、その新鮮なイワシが」とびっくりするようなことを言う。10分後には板前さんが「薄焼き、じゃなかった厚焼が上がりました!」と叫ぶ。お客があまり静かなのでわざと間違えているのかと思うほどだが、それにしても活気がない。コロナなので口頭での注文はお控えくださいと、紙とペンが置いてありオーダーを書き込む。今時よくあるipadは置いていなかっただけ救われた気がした。

 それにしてもコロナによって人間社会から口頭でのコミュニケーション能力を失わせていく一種のプロバガンダが蔓延している。回転すしの例もその一つだと思う。回転すしは大阪で立ち食い寿司屋を経営していたオーナーが、アサヒビール工場を見学した際に閃いたアイデアを実践したものだ。しかし無言でスタートしたわけではなく、カウンター内の板前さんとワイワイ言いながらこのネタはどうだの、これは旬だの、次は何のネタを流すだのと活気があったそうである。しかしコロナは食事中に会話することを禁じてしまった。大声で注文もできない。人々は携帯を見ながら黙々と飲んで食べる。こんな光景は寿司屋だけでなく多くの店のカウンター席で見ることができる。私はよく外国人を連れて回転すし屋に行った。目的は日本語の練習である。「すみません、注文お願いします。」から寿司ネタの単語に至るまで日本語学習にはもってこいの場所であった。またそこから生まれる板前と外国人のコミュニケーションが面白く、友達関係にまで発展することもあった。それこそがコミュニケーションが作る人間社会の繋がりなのだが。言葉なしでも生きていける社会への危機感を強く感じるこの頃である。

黑部 美子(インターナショナル・ランゲージ・ハウス CEO)

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