ランゲージ・ハウスは、我が家にホームステイしていた留学生ローラのお小遣い稼ぎに小さな英語クラスを開いたことから始まる。この頃私はフルタイムで働いていて何も手伝えなかったので「勝手におやりなさい」と任せたところ、OKストアーに広告を貼るなどして10人ほどの子どもたちが集まった。そうこうしているうちに彼女の友達が「アートをしながら英語を教えたい」と言い出し、あれよあれよと生徒が増えた。夏にはサマースクールまで開講するほどだった。

同じ頃、東京には続々と保育園が建てられていたが、私はノーテンキであった。環境衛生やら疾病管理といった、教育とはかけ離れた世界で仕事をしており、海外出張が多く、我が子の教育にもほとんど手をかけられない状況であった。

ところがある日、東京で社会福祉事業を展開している保育園の理事長に「 ”外国人と遊ぼう” というプログラムを考えているが、外国人を派遣してもらえないか」と聞かれた。深く考えずに「大丈夫ですよ」と答えてしまったのが派遣事業の始まりとなった。最初は板橋区の2園に外国人を派遣することになり、留学生の友達をかき集めた。ところが、その後同じ福祉法人が次々と園を開設し、複数の外国人が必要となった。時には外国人部隊を車に詰め込んで園から園を回ることもあった。同時に外国人のスケジュールや管理をする人がいない、という問題が発生した。私に出来ることといえば勤務中に携帯を使って管理するぐらいで、それこそ綱渡りのような毎日になっていた。

黑部 美子(インターナショナル・ランゲージ・ハウス CEO)

※数年前のILH Connectionのコーナーの一つとして寄稿された文章になります。

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