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当時日本の中学校に転入した次男がストリートバスケに憧れていた。NYではいたるところにバスケットコートがあり、誰でもプレイできた。その奇抜で斬新なファッションや音楽も手伝って、若者の憧れになっていたのである。日本でもナイキなどが中心となって原宿にバスケの野外コートを設置しており、外国人が多数プレイする英語の社交場のようになっていた。私は横浜が国際都市を自称するのであれば、こんな風に街から英語が聞こえるべきだ、と思い「英語 de バスケ」を横浜発信の新しい英語学習にしたいと考えた。

その頃みなとみらいは開発中で、空き地が沢山あったので、ここにバスケットコートを設置すれば外国人を誘致できると考え、アポを不動産開発事業部にとりつけた。「アイディアは面白いが、この事業を動かす人材と実績がないので出直すように」と言われたが、私はそれを体の良い断り文句だとも感じず、「外国人バスケット部隊を作ります」と伝え、翌日から外国人を探し始めた。私のイメージする外国人は身長180センチ以上の黒人で、ファッショナブルで、日本の若者が憧れる要素があること。クレッグスリスト(国際探し物サイト)で募集をかけ、実技を見ながらオーディションをすることにした。

新横浜に20名程の見ごたえある大男たちが集まった。篠原中学校の体育館を借りてのオーディション。中学側からの条件は中学生とプレイをすることだった。その時の中学生の緊張と興奮は今でも忘れられない。英語の授業もこんな感じでできたら凄い、と思ったのはこの時だった。

No.4へつづく

黑部 美子(インターナショナル・ランゲージ・ハウス CEO)

※数年前のILH Connectionのコーナーの一つとして寄稿された文章になります。

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