正直バスケのプレイは素人だったが、雰囲気作りは群を抜いていた。また千葉住民だったが、港南台、踊場、もっと遠いと大船まで出かけていくことにも文句ひとつ言わなかった。すぐにダニーのクラスの噂が口コミで広がった。私もマネージャーの如く時間があれば地区センターなどで「英語でバスケ」のイベントを開催した。保護者達にもダニーに近づいて、交流して欲しかった。

そんなある日、神奈川TVから取材依頼があった。この時のダニーのファッションに気合が入っていたのがきっかけで、神奈川新聞や雑誌の取材も舞い込んできた。しかし、バスケの認知度は低く、半分はバスケで遊んでいる様な英語クラスだったので、なかなか生徒は増えなかった。そこで、小学校に導入出来ないかと考えた。まずは、バスケの本場から来たアメリカ人と英語で交流出来ることのメリットを教育委員会に伝えよう思った。これが今派遣事業で行っている学童への講師派遣へとつながっていく。

黑部 美子(インターナショナル・ランゲージ・ハウス CEO)

※数年前のILH Connectionのコーナーの一つとして寄稿された文章になります。

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